大阪地方裁判所 昭和63年(ワ)4656号 判決 1990年8月03日
主文
一 原告が被告に賃貸している別紙物件目録記載の建物の賃料は、昭和六三年二月一日以降平成元年三月三一日まで一か月七万五一〇八円、平成元年四月一日以降一か月七万六二三五円であることを確認する。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の、その余を被告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
(原告)
原告が被告に賃貸している別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という)の賃料は、昭和六二年一二月一日以降平成元年三月三一日まで一か月一五万円、平成元年四月一日以降一か月一五万円に三パーセントの消費税を付加した金額、であることを確認する。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
(被告)
請求棄却・訴訟費用原告負担の判決
第二 当事者の主張
(請求原因)
一 原告は、昭和六〇年二月二〇日、被告に対し、本件建物を賃料月額五万円で賃貸した。
二 しかし、右賃料は、その後の本件建物及びその敷地の公租公課の増額、近隣家賃の上昇、土地価格の昂騰、物価の上昇等により不相当な賃料となり、昭和六三年二月一日時点における適正賃料は一五万円を相当とするに至った。
三 そこで、原告は被告に対し、昭和六三年一月二七日到達の書面をもって、本件建物の賃料を同年二月一日以降一か月一五万円に増額する旨の意思表示をした。
四 しかるに、被告は右賃料増額の効果を争っている。
五 また、平成元年四月一日から消費税法が施行されることに伴い、いわゆる免税事業者も三パーセントの消費税分を消費者に転嫁し得ることになったので、原告は平成元年三月末頃被告に対し、賃料に消費税の三パーセントを付加して支払うよう求めたが、被告はこれに応じない。
六 よって、原告は被告に賃貸している本件建物の賃料が昭和六二年一二月一日以降一か月一五万円、平成元年四月一日以降一か月一五万円に三パーセントの消費税を付加した金額であることの確認を求める。
なお、被告は、原告の賃料増額請求に対し、「供託者が相当と考える増額分」を三万円として、従前賃料の月額五万円に三万円を加算した月額八万円を供託し、被告は月額八万円を相当賃料として自認しているものであるから、本件建物の月額賃料は八万円を下ることはないというべきである。
(被告の答弁)
一 請求原因一、三及び四は認めるが、同二及び五は争う。
二 消費税法は、消費者に対し、事業者に対する消費税の支払義務を課したものではない。事業者の家主がする消費税の転嫁は賃料増額となる性質のものであり、賃料増額理由となる諸事情のうちの一事情となるにすぎない。
三 また、被告が八万円を供託したのは、原告の賃料増額請求について原告との協議が調わないため、借家法七条二項に基づいて、裁判確定まで相当額の賃料を供託し、これにより借主である被告の債務不履行責任を免れるためにしたことであり、被告がその限度において原告の増額請求を応諾したものではないから、賃料増額請求は月額八万円の限度では認めるべきであるとする原告の主張は理由がない。
第三 証拠<省略>
理由
一 原告主張の請求原因一、三及び四の事実は当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、従前の賃料を定めた昭和六〇年二月当時から原告が増額を求める昭和六三年二月一日までの間に土地価格の昂騰、近隣家賃の上昇、物価の上昇等の経済事情の変動があり、従って、従前の賃料が不相当となったことが認められるところ、前掲鑑定結果によれば、昭和六三年二月一日以降の本件建物の一か月当たりの適正賃料は七万五一〇八円が相当であると認められる。
二 弁論の全趣旨によれば、原告が平成元年三月末頃被告に同年四月一日から施行される消費税法に基づき消費税分として家賃の三パーセントを支払うように請求したことが認められる。
ところで、消費税は事業者に負担を求めるものではなく、事業者の各段階の売上に課税され、最終的には消費者に課税する税金であり、いわば、事業者を通じて消費者に課税するものであるから、消費税法が事業者から消費者にその税金の適正な転嫁がなされることを予定にしているということはできるが、同法が、消費者に、事業者に対する消費税の支払義務を課したものとか、若しくは、事業者に、消費者に対する私法上の請求権として転嫁請求権を認めたものとまでは解することができない。しかも、事業者の納税事務の負担軽減措置とはいえ、事業年度の課税売上高が三〇〇〇万円以下の事業者については、消費税に納税義務が免除されているのであるから、かような免税業者が仕入れ段階で課せられた消費税分があるときにそれを消費者に転嫁する等の場合はともなく、そうでない限り、消費税として消費者から売上の三パーセントを取得するとすれば、それは実質上は値上げであり、これを民間家賃についてみると、家主において賃貸物件に消費税を負担した補修費用の出捐をした等の事情もないのに、免税業者である家主が消費税として従前の家賃に三パーセントを上乗せした金員を請求するのは賃料増額にほかならないとみるべきであり、家主のその請求は消費税の施行に伴う賃料増額の意思表示として取り扱うのが相当である。
しかるところ、本件については、原告が免税業者であり、本件建物に消費税を負担した補修費用の出捐をした等の事情もないことは弁論の全趣旨から明らかであり、また、原告が免税業者ではあるがその納税義務の免税を受けることなく、消費税を納付するものであること等の特別の事情も認めることはできないので、賃料増額事由としては、消費税法が施行されることにより生じることが当然予想される物価の上昇の点のみを考慮することになるところ、消費税法の施行により物価が消費税相当分だけ上昇するとは政府の見解にもないで、本件において、諸般の事情を考慮して、消費税の施行による物価上昇を一・五パーセントとみて、前記認定の月額七万五一〇八円の一・五パーセントの一一二七円(年未満四捨五入)の増額を認めることとする。
三 また、原告は、被告が八万円を供託したことをもって、被告が賃料につき月額八万円の承諾をしたとみるべきであると主張するが、弁論の全趣旨によれば、被告は原告の賃料増額請求について原告との協議が調わないため裁判確定までの暫定措置として右金員を供託し、これにより賃料不払いの責任を免れるために供託したものであり、被告がその限度において原告の増額請求を承諾したものではないから、原告の右主張は理由がない。
四 よって、原告の本訴請求は、右認定の限度において理由があるのでその限度において認容し、その余を失当として棄却することとし、訴訟費用につき民訴法九二条本文、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 海保寛)